将棋の一手と我々の一歩の話

2014年01月05日

謹んで、新年のご挨拶を申し上げます。
今年は「フットワークの良い、キレの一歩」を常に心掛けたいと思います。
本日のメッセージは、その「一歩」に関してのお話です。

将棋の一手と我々の一歩は同じであると考えます。
将棋名人の1500手先を考えたものも、素人が考えたものも、結果としては同じ一手であります。
どんなに先を考えた一手でも、進んだのは一手なのです。
我々の一歩も、将棋の一手と同じであると考えます。
1500手先の一手でも3歩先の一歩でも、最終的には同じ一手、一歩です。
どこまで先を考えるかの差はあれど、
一歩を踏み出すということには、名人の1500手先を読んだ後の一手と同じだけの価値があるのです。

考えた末の言葉や行動に、自分の意思がある。
つまり考えているだけではだめなのです。将棋はその一手を指せなければ時間切れで負けてしまいます。
我々も同じで、考えるだけではなく行動や発言で一歩踏み出すことがとても大切なのです。
考えているだけでは、そこに自分は存在しないのと同じです。

アメリカへ旅行に出かけた時のこと。
交差点でどちらに行こうか思案していたら、近くにいたおばあさんが助けようと話しかけてくれました。
しかし何と言葉を返そうか数秒考えてしまい、その間におばあさんは去ってしまいました。
その時の自分は透明人間だったと思いました。
日本語でもジェスチャーでも、何でもいいから自分の考えを表すべきだったと思いました。
自分が何か話す前に立ち去ってしまったのは文化の違いだと理解していましたが、
今振り返ると文化の問題だけではなかったと思います。

「フットワークの良い、キレの一歩」をモットーに本年も前進してまいりますので、
今年もどうぞよろしくお願い致します。

(2014年1月 記)